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東京高等裁判所 昭和56年(う)653号 判決 1981年8月11日

控訴人 被告人・弁護人

被告人 佐藤スレート建材株式会社

検察官 古屋亀鶴

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金原藤一、同亀井忠夫が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官古屋亀鶴が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、被告会社では高木好男を雇用したことがなく、同人は独立した請負人であつて、被告会社と右高木との間には労働安全衛生法にいう事業者と労働者との関係がないのにかかわらず、これを肯認した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、ひいては法令の適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、調査するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が(罪となるべき事実)および(弁護人の主張に対する判断)の項で認定説示するところは、すべて正当として是認することができる。所論にかんがみ、若干補足して説明することとする。

一  本件は、昭和三四年一二月一六日スレートおよび建築材料の販売施工ならびに土木建築請負を目的として設立された被告会社が、昭和四九年五月一日に千葉県柏市柏三四四番の二に支店を設置し、その責任者に専務取締役佐藤克男を、営業所長に福島日出男をあてていたところ、有限会社林田製材所が内田実から請負つた農業倉庫一棟(建坪八九・二八平方メートル)の建築工事のうち、屋根および側壁のスレート工事につき、同会社からその見積りを依頼されたので、営業所長福島日出男をしてこれを見積らせたうえ、右工事を下請し、その建築資材を発注するとともに、現場責任者として、右工事およびこれに従事する労働者の指揮監督にあたつていた右福島において、被告会社の右業務に関し、昭和五一年八月六日、原判示の工事現場で、高木好男、神田洋および高橋幸夫の三名を使用し、地上約六・一メートル、勾配二六度、母屋の間隔約一メートルの屋根上でスレートを葺く作業を行なわせるにあたり、踏み抜きにより労働者に危険を及ぼすおそれがあるのに、幅三〇センチメートル以上の歩み板を設け、防網を張るなどの措置を講ぜず、もつて労働者が墜落するおそれがある場所に危険を防止するため必要な措置を講じなかつたという労働安全衛生法違反にかかる事案である。

二  そこで、まず、労働安全衛生法にいう労働者の意義についてみるに、同法二条二号は、労働者とは、「労働基準法九条に規定する労働者をいう。」と規定し、労働基準法九条は、「この法律で労働者とは、職業の種類を問わず、前条の事業又は事務所(以下事業という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定している。したがつて、労働安全衛生法にいう労働者とは、結局、(1)労働基準法八条の事業に使用され、かつ、(2) 賃金を支払われる者であることがその要件であるということができよう。

ところで、右の二要件のうち、(1) 、の要件、すなわち事業に使用されるとは、さらに、(イ)、事業者に対する身分上の雇用関係と、(ロ)、具体的な業務遂行過程における指揮監督の関係に細分してこれを判断する必要があり、前者については、民法上の雇用契約が締結されているか否か、その呼称として従業員その他の名称が付されているか否かはこれを問わず、仮りに請負、委任等の形を採つていても、その実態によりこれをみることが必要であり、後者についても、具体的な業務遂行過程において、その指揮監督がいかに及んでいるか、その実態にそくしてこれをみることが必要である。また、右(2) 、の要件、すなわち賃金の支払についても同様であつて、賃金とは労働の対償として使用者が労働者に支払うものをいい、その名称の如何を問わないのであるから、たとえ出来高払で支払われる金員であつても、それが事業報酬としての性格を有せず、その実態からみて労働の対償としての性格を有する以上、賃金とみるべきものであり、殊に本件においては、安全措置義務をいずれの者が負担するかが争点であるから、右の出来高払で支払われる金員が、右安全措置を講じるに必要な経費相当分を含むか否かを、実態にそくして観察することが必要である。

三  以上の見解に立つて本件を検討することとする。原判決挙示の関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1)  事業に使用される関係について

(イ)  事業者に対する身分上の雇用関係について

高木好男ら三名は、被告会社との間で、明確な雇用契約(もつとも佐原労働基準監督署では、本件事故を捜査したうえ、被告会社と高木好男との間で雇用契約が結ばれていて賃金も支払われていた旨認定しているが、これは本件事故後、高木好男が元請である有限会社林田製材所の加入していた労働者災害補償保険の適用を受けるため、被告会社において、便宜上事実に反する賃金台帳や出勤簿等の関係書類を作成提出したことによるものであるから、これをもつて雇用契約が結ばれていたということはできない。)ないし専属契約を締結していたわけではないので、被告会社以外の職場で働くこともできたが、高木好男は、被告会社が設立されたころからスレート工として、被告会社の作業現場で働くようになつて以来、仕事が切れ目なく常時あつた(雨天などで事実上働くことができないときは「前なり」と称する賃金の仮払いが認められていて、後日出来高の支払いを受けたとき精算することになつていた。)ため、本件当時まで継続して被告会社の作業現場でのみ働き、その間の昭和四〇年ころには高木班の班長(親方)となり、神田洋、高橋幸夫の班員二名を抱えていた。他方、被告会社としては、スレート工として優秀な技能を有する者をなるべく長期間継続して使用したいという希望もあつて、その人材を確保すべく、毎年二回被告会社の名前の入つた作業着を無償で支給し、ヘルメットについてもその代金の一部を負担するなどして職人のサービスに努める一方、柏支店に職員名簿を備え付けておき、その名簿に高木らを登載するとともに、石綿スレートメーカーで結成している石綿スレート協会に高木らを被告会社所属のスレート工として登録しておいたところ、昭和四五年一一月同協会は高木を永年勤続者として表彰し、さらに被告会社でも、昭和五〇年一月五日、同会社柏支店開設十周年の記念行事を行なうにあたり、高木を会社の技術者として常に卓越なる技術を発揮し会社の発展に多大の貢献をしたものとして、永年勤続の表彰をしたばかりでなく、同人の葬儀に際し、同人がスレート工として会社に専属されて二〇余年間会社の技術陣の中にあつて常に中核となり会社のため活躍した旨の弔辞を述べるなど、被告会社では長い間高木好男を被告会社所属のスレート工として遇して来たほか、同人が自動車を購入しようとしていることを聞知するや、普通貨物自動車を購入するよう勧めてこれを購入せしめたうえ、会社の宣伝に供すべく、その荷台側板に「サトウスレート」なる文字を書き入れさせた。また、高木好男らは、会員相互の親睦と互助を目的とし、被告会社の現場職員をもつて構成する佐藤スレート株式会社親睦会を結成し、その事務所を被告会社の柏支店内におき、その会長には高木好男が就任していた。以上のような事情があつたため、高木好男は、名刺の肩書に佐藤スレート株式会社柏支店工事部、親睦会会長と印刷し、これを使用していた。

(ロ)  業務遂行過程における指揮監督の関係について

被告会社では、高木好男らスレート工に作業をさせるにあたり、一々請負契約書等の書面を取り交わすようなことをせず、自ら請負つた工事につき、作業現場毎に使用する資材の品名、寸法形状、数量、単価、工賃諸経費を記載した工事実行予算書を作成したうえ、その資材を調達して提供し、これに基づいて作業を進めるよう一括指示していたので、現場で作業をする高木好男らは、提供された資材と自己所有の工具機械等を用い、その有する技能を用いて、所与の作業をするだけであつて、仕事の完成について通常請負人に認められているような裁量などは全く認められておらず、単に労務を提供するに過ぎない。さらに、右一括指示をする際、作業時間について特に指示することはせず、したがつて、出勤簿とかタイムレコードなどを備え付けていないが、高木らは、作業現場が遠隔地にあるような場合を除き、毎朝被告会社の柏支店に出向き、工事担当者から作業の進め方、機械の使用方法や危険防止等について具体的な指示を受けていたほか、危険を伴う現場で作業する場合、元請人がその防止措置を講じていないようなときは、作業をしないで引き上げて来るようにも指示され、また危険防止の徹底を期すため被告会社の開催する講習を受けていた。

本件の場合、現場責任者の地位にあつた営業所長福島日出男は、昭和五一年八月四日、柏支店において、高木好男ら三名に被告会社が有限会社林田製材所から下請した前記工事の作業を依頼したうえ、同人らに対し、作業をする際、踏み板や防網の使用までは指示しなかつたが、作業の内容、使用する資材、その規格、数量ならびに作業時にはヘルメツトと命綱を使用するよう具体的に指示した後、工事現場に連れて行き、そこでも同様の指示をし、かつ、自ら調達した資材を提供して同人らに作業をさせたところ、同月六日高木好男が右作業に従事中、高さ約六・一メートルの屋根上から転落して死亡した。そこで、その捜査にあたつた佐原労働基準監督署労働基準監督官品田宏は、現場責任者である福島日出男に対し、労働安全衛生法二一条二項、労働安全衛生規則五二四条違反の事実があるとして、その是正勧告書および使用停止命令書を交付し、右危険防止措置についての是正を求めたところ、被告会社において踏み板や防網などを使用し、危険防止の措置を講じて前記工事を完成させた。

(2)  賃金支払の関係について

作業終了後、職人の班長は、月末に被告会社備付けの工賃請求書に班員全体の出来高分、常雇分(その出来高が一定の基準に達しない場合、出来高に関係なく支給されるもの)に交通費を含めて記載し、これを被告会社に提出して工賃を請求すると、被告会社では、その記載内容を検討確認したうえ、当該月の出来高を算出し、その額から親睦会費と印紙代を控除し、その残額を翌八日ころ班長に支払い、班長はこれを班員に配分する慣わしになつていたが、高木らの請求する工賃には危険防止を講ずるために必要な費用は含まれていない。右のような扱いは、被告会社の一般従業員に対する給料の支払方法と異なつており、また、高木らのような職人に対しては、賞与や退職金が支給されないばかりか、税金の源泉徴収も行なわれておらず、ましてや労働者災害補償保険や健康保険等の社会保険にも加入していない。

以上のように認定することができ、これに反する原審証人千葉進の証言ならびに原審における被告会社代表者の供述は、他の関係各証拠に対比し、にわかに措信できない。

四 以上認定した事実によれば、(1) 、(イ)、被告会社と高木好男との間で、雇用契約ないし専属契約が結ばれていたとは認められないのみならず、高木らが現場で作業する場合、労働時間の拘束もなかつたといわなければならないが、しかし、高木好男は、被告会社が設立されたところから本件当時までの長い期間、継続して被告会社の作業現場でのみ働き、他の職場で働いたことは全くなく、そのため被告会社でも右高木を自社専属のスレート工として処遇して来たことが明らかであつて、被告会社では、高木好男を専属支配下におき、しかも、(ロ)、高木らに作業をさせる際、本件の場合を含め、作業現場毎に一括指示をしていたものの、その指示も一般的なものではなく、工事実行予算書に基づき、使用する資材の品名、寸法形状、数量、単価、工賃諸経費まで極めて詳細、かつ、具体的に指示する一方、その資材を自ら調達して提供し、作業の遂行についても具体的に指示するはもとより、危険防止についても相当程度注意を与えていたのであつて、高木らとしては、その指示に基づき、所与の仕事を完成させているに過ぎず、したがつて、高木好男が被告会社から独立した事業主体であるとは認められないし、事業計画、危険負担の点でもその主体であつたとは到底いえないうえ、作業の遂行にあたつても被告会社から具体的な指揮監督を受けていたことは明白であり、また、(2) 出来高払制の報酬を受けていたが、その金額には危険防止に要する費用が含まれていないばかりか、その実質は労務の対償として支払われていたにすぎないと認定することができる。以上のような事実関係のもとにおいては、高木好男と被告会社との間には使用従属関係の実態が存したものといつて妨げなく、したがつて、高木好男を労働安全衛生法上の労働者と認めるのが相当である。右と同旨の認定をした原判決には事実誤認ないしは法令適用の誤りはないといわなければならない。

論旨は理由がない。

控訴趣意中被告会社の代表者には故意がなかつたとの主張について

所論は、要するに、被告会社代表者佐藤正は、被告会社が有限会社林田製材所から本件工事を請負い、これを高木好男らに下請けさせたことを知らず、本件事故発生後、はじめて知つたものであり、したがつて、被告会社には事実の認識がなく、故意もなかつたというのである。

そこで、検討するに、本件は、法人の代理人、使用人その他の従業員が、その法人の業務に関し、労働安全衛生法一一九条一号、二一条二項の違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人に対しても、各本条の罰金刑を科す旨規定した同法一二二条の罪に関するものであり、このような両罰規定は、事業主の代理人、使用人その他の従業員の違反行為に対し、その事業主に行為者らの選任、監督その他の違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかつた過失を推定した規定であつて、事業主において右のような注意義務を尽くしたことの証明がない限り、事業主は刑事責任を免れ得ないのである(最高裁判所昭和三二年一一月二七日大法廷判決、刑集一一巻一二号三一一三頁、同裁判所昭和四〇年三月二六日第二小法廷判決、刑集一九巻二号八三頁各参照)から、違法行為をした従業員に故意があれば足り(本件では現場責任者であつた福島日出男に故意があつたことは関係各証拠で明らかである。)。事業主の故意を必要とするものではない。したがつて、被告会社の代表者佐藤正が被告会社において本件工事を請負い、これを高木好男らに下請させたことを知らなかつたというだけでは、労働安全衛生法一二二条の刑事責任を免れることはできないのであつて、弁護人の主張は採用することはできない。

論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 門馬良夫 裁判官 新田誠志)

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